2016年8月16日火曜日

2016/08/16 鳥取砂丘、ひとり旅(その1)




写真は2012年の8月に幼馴染と尋ねた奥多摩での写真。
中国の墨絵の世界を見るようで驚いた。
奥多摩は東京都だ。
この日は日原の鍾乳洞へ行ったのだけれど、鍾乳洞の中は寒くて、
夏場の外との気温差にも驚かされた。(幼馴染のかけていた眼鏡は曇った)

今年2016年の夏といえば実家への日帰り帰省くらいのものか。
それから買い物、、。
それも趣味のものではなくて、PC用のプリンターと炊飯器の買い替え。
最初に買ったのがプリンター。これはこれまでに使っていたものが、交換インクの
販売を止めてしまったので、買い換えることになった。
以前のはヒューレット・パッカードのB9180ってタイプのもので、
インクは1色あたり4000円!!これが8色だから全色買うと32000円!!
ただし、減りやすいインクは決まっているし、インクの容量がとても多いので、
ぼくの使い方では交換は年に1回〜2回だった。
とても自然な発色で印刷できて、しかも色の調整をプリンターが勝手にしてくれて、
さらにはインクの目詰まりが一度もなかった。
お気に入りのものだったから、残念。

初めて買ったプリンターはエプソン。
2台目がこのヒューレット・パッカード。
で、今回の買い替えで3台目はブラザーにした。

インクはこれまでの8色から半分の4色へダウン。
しかも黒インクは文字の印刷用で、写真などの印刷は赤黄青の三色を混合して
色を作るそうだ。そのためだろう、試し刷りした数枚の写真は暗部の締まりが
弱くて、全体にボワっとした印象だ。

本体自体の価格は1万円弱で、これまでのエプソンやヒューレット・パッカードと
比べて格段に安くて、(両方とも5万前後だったはず)インク代もお安いそうだ。
これで問題なく長く使えればいいのだけれど。

プリンターが故障ではなく、インク生産中止で買い替えになったところへ
炊飯器の故障が重なった。

プリンターは、、8年は使っていたのだけれど、、炊飯器はたったの2年。
短いな。がっかり。
修理に出したところで、自動車のように代車ってわけにもいかないし、
結局買い替えた。
これはハイアールってメイカーのもので、デザインは良い。
価格も安い。まだ一度しか炊いていないけれど、ちょっと気になるのが
タイマーで、炊き上がり予定の時間より大分早く上がった、、気がする点。
もう一度試して、ちょっと調べてみて、ダメなら問い合わせてみようと思う。さて、

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さて、
16年くらい前に鳥取砂丘を旅した時の思い出を書きたい。

写真絡みで鳥取砂丘といえば植田正治だろう。
16年前の大学生の頃に2回、鳥取砂丘へ行ったのだけれど、
1回目は同じ学部の友人の卒業作品作りへ同行してだった。
その時ぼくらがまず訪れたのがこの「植田正治美術館」だった。

植田正治はこの鳥取砂丘を舞台に様々な写真作品を残している。
それは奥さんや子供をモデルにしたものから、花火を打ち上げたもの、
スーツ姿の男を点在させたものなど多数あるが、これらシュールな作品は
海外でも人気がある。ぼくらが館内の作品を見て歩いていたら、
その本人が美術館にいて、ファンに求められてサインなどをしていた。
どんな方がこんな作品を作られたのだろう、とその姿を目にした。
その時のぼくの印象は、小柄で年配の方、と言った失礼ながら
ぱっとしないものだった。

それが美術館の後半の展示を見ていて驚いたのは、
それらの作品がデジタル写真で(2000年当時はまだフィルムが主流)、
インジェットプリターでプリントされたものだったからだ。
それは「雲」をとらえたもので、空の淡い青色と、雲の織りなす白から灰色、
黒までの濃淡が美しい作品たちだった。
これらプリンター出力の「雲」の写真から、当時22歳のぼくが言うのも
可笑しいけれどとても若々しい感性を感じたのだった。

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続きはまた。

2016年8月8日月曜日

2016/08/08 サイレンとバスケットボール(その3)




写真は目黒区某所。
目黒は地名の由来が五色不動からなっているそうだ。
それは、目黒不動・目白不動・目赤不動・目青不動・目黄不動の五色だ。
目黒とはあまり縁がないけれど、この5箇所、いずれ回ってみたいと思ものだ。

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前回からの続きです。


12歳の夏休み。
早朝、ぼくは自転車の前かごにバスケット・ボールを入れて小学校へ向かった。
(当時小学校の校庭は解放されていた)
自転車で5分ほどの距離を誰ともすれ違うことがなくて、自分以外のすべての人が消えて
しまったのじゃないか、と錯覚するほど静かな朝だった。

小学校の校門は閉じていた。
自転車から降りると、体重をかけて押し開く。
サイレンが響いたのはその時だ。
まだ眠り込んでいる静かな街にそれが響き渡る。
サイレンの音の出所は、見回しても見上げても分からない。
白い校舎と、青い空と、緑の木々があるばかりで、ぼく以外の誰もいない。
その静まり返った朝の街にサイレンだけがガンガンと鳴り響く。
戦争が始まったと思った。

見上げた空には飛行機どころか鳥すら飛んでいないが、
サイレンは鳴り止まず、ぎゅっと胸が苦しくなる。
上から爆撃されたらどうしようもないけれど、「隠れなくちゃ」と
思い、旧校舎と新校舎を繋いだために出来た隙間にぼくは身を隠した。
なんで戦争なんてするんだ。なんでだ。なんでだ。怖い、と繰り返し思った。

ふと、サイレンが鳴り止む。とても静かだ。
誰一人、騒ぎ立てる人もない。
さあ、これから爆撃機が飛んでくるぞ。
ぼくは隙間に身を隠しながら構えている。
1分、2分。
静かだ。
静かだ。
そうか、、。
ぼく以外、みんなどこかへ避難してしまったんだ。
なんで、家を出る前に一言、親へ断らなかったのか、悔やまれる。
3分、4分。
、、まだ静かだ。

ぼくはそっと校舎の隙間から表へ出ると、校門から道路へ様子を伺いに行った。
やはり誰もいない。が、異常もない。
どこからか自動車のエンジン音が響く。
徐々に平常心が戻って行く。
ほっとした感情と恥ずかしさとがぼくの中で入り混じる。

広い校庭の奥にあるバスケットのゴールへ向かう。
何回かボールを投げる。
何回かが弾かれ、何回かがゴールへ吸い込まれる。
まだ人を見かけないけれど、どうやら戦争は無いようだ。
でも不安は残る。
この校庭の外側では日常の生活が送られているのだろうか。
それは自転車に乗って校門の外へ走り出るまで分からない。

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救急車や消防車では無いだろう。
今考えれば、きっと警察車のサイレンだったのだと思う。
この後ぼくは長い長い受験戦争に巻き込まれた。