2020年7月26日日曜日

2020/07/26 笑う

連日雨。
洗濯物が干せない。
このままではカビが生えてしまうし、着替えもなくなってしまう。

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もう20年以上前だけれど、大学で健康診断を受けた。
大学での健康診断は4年間に一度きり。
入学したての頃だった。
まだ知り合いも殆どおらず、新入生みんなが検尿のカップを抱えて長い列をつくっていた。天気がよく、屋外のこと。検尿の列は校舎に続き、トイレの空く順番を待っていた。
そこへ1つ、サークルの勧誘があった。
漫研だった。
まんけん。何やらいやらしい響きだが、漫才研究会のことだ。
順番待ちで、暇を持て余している新入生を笑わせる。いかにも関西らしい、最高のおもてなしだった。
オリンピック誘致を狙うスピーチの中で口にされた、いい加減な「おもてなし」とは違い、本物だった。

当時、ぼくは頑な(かたくな)だった。
今よりはるかに頑なだった。
当時ぼくは、笑うのは男らしくない、と思っていた。
笑いは、恥ずかしいモノだと思っていた。
だから、ぼくにとっては、笑うのは一人、もしくは親しい人たちと少人数で共有するものだった。

そこへ漫研だ。
最高に笑えた。
周囲は知らぬ人ばかり。
笑いたい、が笑えない。
ぼくは、つらかった。
だから、検尿カップを抱えたまま、引きつけを起こしたように震えていた。カップが空で本当に良かった。

健康診断の列は遅々として進まず、
塞ぐことのできない耳には発作を起こさせること必至の漫談が飛び込んでくる。

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つづきは、また。

2020年7月19日日曜日

2020/07/17 石原裕次郎の石原軍団

石原軍団が解散する。
と言っても、感慨があるのはぼくより上の世代や西部警察などのファンが多いのではないだろうか。
いま40ちょいのぼく自身、ほとんど感慨は無い。

ただ石原裕次郎が歌う「嵐を呼ぶ男」や「わが人生に悔いなし」は好きだ。

ぼくが高校生の時・・20年以上前・・地域のケーブル化により自宅のテレビで衛星放送が見られるようになった。それで、日活やMTV、などを見た。MTVでは、藤井フミヤの「タイムマシーン」やTAKE THATの「HOW DEEP IS YOUR LOVE」、PULPの「COMMON PEOPLE」のPVが面白くて印象的だったのを覚えている。

日活(日本活動寫眞株式會社の略称だそうです)、は日活ロマンポルノ狙いで深夜に見ていたのだけれど、度々CMで「嵐を呼ぶ男」の映像が流れていて、そこでドラムを叩く裕次郎がとても格好良かった。(たぶん裕次郎特集が組まれていたのだろう。が、映画の方は結局観ていない。

その頃(20年ほど前)、石原裕次郎が何者なのか知らなかったぼくが母に尋ねたところ、「日本人離れして、足が長い」と言っていたのを覚えている。ぼくにはスーツを着こなした粋な男で、映画のなかではきらきらして見えた。

ぼくはそのCMでしか知らない。
嵐を呼ぶ男、見てみたいと思う。

他にも「太平洋ひとりぼっち」も気になる映画だ。

石原裕次郎は、銀幕のスター、と呼ばれていた。
銀幕って映画を指す言葉だなんてそのころは知らなかった。

生前の元気だった裕次郎を銀幕の中でしか(しかもCMの中でドラムを叩いているシーンを含めた1分ほど)知らないぼくにとって、石原軍団のボスは、なぜか石原慎太郎前都知事なのである。

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アフィリエイトについては、またいずれ。

2020年7月12日日曜日

2020/07/12 自粛による変化

以前、良く秩父で夜景の写真を撮ってました。
もう10年以上も空いてしまいましたが、最近また夜景を撮るようになりました。以前とは違い、町の夜景ですが。

それは、自営業からサラリーマンへ転身して重い機材を持っての移動が減ったことが一つの要因で、もう一つはコロナによる自粛に要因があります。

自粛中の写真に対する変化はその自由時間にありました。
自粛中たびたび近所を散歩しては川原や公園で写真を撮っていたのですが、それが自分にぴたっとはまったのです。まるでドラクエのようにうろうろ歩き回って気になる場所を見つけたら写真を撮る。そして撮った写真をInstagramに上げる。それが単純に面白い。

もしネットが無く、Instagramがなかったら、こうはならなかったでしょう。写真展でもしなければ写真を外へ出すことはままならず、いつまでも手元に残ったままだったかも知れません。いまどれくらいの人が自分のブログやInstagramを見てくれているのかはっきりはわからないのですが、ともかく外へ出せるのは嬉しいのです。

ただし、これが少しでもお金になれば、となると前回までの話に戻るのですが、今回はここまでで。

2020/07/12 ブログの引越

前回ブログをお金にしたい、と書きました。
それにはブログに広告を貼るのが、話が早いと思っていたのですが、かれこれ5年ほどそれが出来ずにいました。と言うのもブログはいま書いている「Blogger」で、貼る広告は「AdSense」で、とこだわっていたからです。BloggerもAdSenseも「Google」運営ってことで相性が良いに違いないと思ったので、当初ブログを書いていた「FC2ブログ」からわざわざ?Bloggerへ引っ越したのです。

ですが、思わぬことで、BloggerとAdSenseの相性は悪く(引っ越す前に良く調べるべきだったのですが、どちらもGoogleの運営なので間違いないと思っていたのです)、素直に広告が貼れないのです。

具体的には、書いているブログがBloggerだと、AdSenseに審査の申請が出せない。申請が出せなければ当然、いつまで経っても広告が載せられない。同じGoogle同士でなぜこんなことが起こっているのだろう?仕方がないので、ぼくのホームページのURLで審査をお願いしました。すると、Googleから思わぬ返事が来ました。

それは「審査に送られたURLはAdSenseのポリシー違反です」といったような内容でした。

審査に自分のホームページURLを送る際、実際に載せたいのはホームページではなくて、Bloggerで書いているブログだ、と補足していたのですが、伝わらなかったようです。

そしてAdSenseからの、ポリシー違反のメールに対してぼくの方から、「Bloggerから申請が出来ないので、一旦ホームページURLで申請を出しました。審査が下りた際に実際に広告を張りたいのはこちらのURLです」と、BloggerのURLを伝えても、Bloggerからは、
「ポリシー違反をした方には許可を出せません」と拒否されてしまいます。

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続きはまたです。

2020年7月5日日曜日

2020/07/05 ブログで収入がほしい

子供が生まれる前後で中断していたものの、2015年の1月から書き始めたので、期間だけで言えば5年ほどブログを続けています。

書くことが好きなので半ば趣味でもあるのですが、始めた当初から自分のブログが少しでもお金になったら嬉しいのに、と思っていました。ですが、これが思った以上にややこしいのです。そもそも最初にブログに載せよう(アフィリエイト広告。インターネット配信広告のこと。だそうです)と思っていたのはGoogleが運営している、AdSenseという会社が配信している広告でした。それは単純にGoogle=格好いい・有名って考えがあったのと、「アフィリエイト」で検索したときに、色々なサイトですすめられていたからです。そもそも、ブログ・副収入のキーワードで検索してみるまで、AdSenseと言う会社自体、知らなかったのですが、、。

5年前にブログを始めたとき、ぼくはいくつかある候補からFC2ブログを選びました。決め手が何だったのかは忘れてしまったけれど、livedoorには何となくいやらしいイメージがあり、アメーバブログには芸能人のイメージがあり、で結果的にFC2へたどり着いたような気がします。

それからここのBloggerに引っ越して来たのは、BloggerこそがGoogleの運営だからです。ですが、いまだに広告が載せられません!と言うわけで、これから通常のブログと並行して自分のブログに広告(AdSenseにかかわらず、、)を載せるまでの記録としてのブログもしばらくの間付けていきます。

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写真は川辺りの小道で撮った夜景です。
最近こうしてブレた夜景写真に凝ってます。
Instagramにもぜひ。毎日更新しています。
https://www.instagram.com/isida_sekiden/?hl=ja

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では、また次回に。

2020年6月28日日曜日

2020/06/28 オリジナル宗教

以前に良く、ダムの夜景を撮りに行ってました。
もちろん写真を撮るのが1番の目的でしたが、夜に広大なダムの周りを歩いて探検気分が味わえるのも嬉しかったのです。お気に入りのダムまでは片道90分ほどで、山中のことラジオが入らず、いつも色々な音楽をかけながらのドライブでした。本当に様々なCDをかけていたはずなのに今となってはほとんど覚えておらず、ただ「やの雪」のテルミンだけは聴いているうちに次第に怖くなり、べつの音楽に変えたことをしっかり覚えているです。

最近、夜の風景を撮っていると、デジカメって本当に便利だなと思います。それこそダムの写真を撮っていた頃はフィルムカメラを使っていたので、撮って帰って現像して、そのフィルムから写真をプリントして、それでようやく完成形を確認できたので、シャッターを切ってから仕上がりを見るまでに相当の手間と時間が必要でした。それがデジタルになってからは、撮った直後に仕上がりを想定できるのだから、本当に便利で、嬉しいのです。

フィルム現像は手間。フィルムは保存に場所をとる。フィルムはプリント(写真に)するのも大変。デジタルカメラが生まれた今、フィルムは短所ばかりに思える。そして実際フィルムのほうが良かったことを考えてみてもそれがほとんど思いつかないのです。

でも思い返してみると、以前結婚式場で写真を撮っていたとき、「デジタルデータは一瞬にして消えてしまうから怖い」と聞きました。確かに、それはありますね。ぼくは撮った写真データをパソコンに残していますが、もしハードディスクが壊れてしまったら、確かにそれまでだから、バックアップが大切です。

それからそれからコピーの問題がありますね。これはまず一番に思い出すべき問題でした。これは写真家のみならず、画家、音楽家、漫画家、作家とあらゆる創作活動をしている人にとっての問題でしょう。デジタル作品はオリジナルを完全にコピーできるのだから。

音楽ならリスニング環境で、写真や絵ならモニター環境で、映画なら視聴環境で、画質や音質は変わるけれど、それだって、もしかしたら受け手側に、作り手のものより良い環境が揃えられているかもしれない。となるとオリジナルの価値はどこに求められるのでしょう。

オリジナルの価値が高い作品は、作り手がデジタル配信する際に「その価値を下げる」という方法はあります。音楽なら音質を劣化させたり、実際の曲より短くするなり。絵や写真なら画質を下げることができる。そして、その作品の完全版を受け手側が求めたとき、そこでビジネスになる。

それでもデジタルはコピーできる。もし完全版を手に入れた受け手が、それをコピーしたら、完全版がもう1つできてしまう。それも簡単に。となるとオリジナルの価値はコンサートや展覧会といった、パソコンから離れたところで生まれるのだろう。

それぞれの場で、そこの空気を吸い、皮膚で感じ、実際に見る。それで何かを感じ、これまで以上にその人物や作品が好きになるのなら、それは最早、宗教に近い。

2020年6月20日土曜日

2020/06/20 憧れの朝食

通勤電車は以前のような混雑で、コロナ騒動の頃が嘘のようだ。行き帰りの電車が空いてくれたらずいぶん楽になるのだけれど。ところでぼくが小学生の頃、まだ土曜日は半休で3時間分の授業があった。それが高校の途中から土曜日はお休みになり、週休2日制が導入された。土曜休みは1992年から徐々にスタートし始めて、2002年に完全に?根付いたとされている。10年近くかけて広めたことになる。それ以前から社会に出ていた労働者はずっと週休1日半で働いていたのだろうか?恐ろしいことだ。しかし逆に考えればこの前例のように徐々に休みを増やしてゆくのも可能だろう。まずは月に2回位、金曜休みがあっても良いのでは、と思う。ローテーションを組めば会社全体に与える影響も少なくできるし、個人個人の健康増進にもいい影響があると思うのだが。

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一人暮らしを始めた頃のことを前回書いて、その頃にどんな朝食をとっていたかを書こうと思ったのだけれど、話が汚い方向に進むので、簡単に。ホテルのような朝食に憧れて、オレンジジュース、ヨーグルト、とここまでは普通なのだが、それに白米、そしてもずく酢、そして納豆。たぶんお酢とヨーグルト、オレンジジュースあたりの食べ合わせがお腹に嵐を呼び込んだのだろう。