写真は10年ほど前のもの。最近はすっかりスマホカメラばかり使っているけれど、この時はまだガラケーだった。だからこの写真は一眼レフで撮っている。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その11
狭くて息苦しい穴から抜け出し、排水口の蓋を押し上げて顔を出すと、そこにおばあちゃんが立っていて、不思議そうに僕等を見ていた。
とっさに叱られると思った。
でもおばあちゃんは口を開かず、僕等を見ているだけ。
何か言い訳しなきゃと思い、ぼくは「大事なものを落としちゃって、探してたんだ」と話した。
「見つかった?」と聞かれて、見つかったと答えると、良かったね、と言いながらおばあちゃんは中を覗き込み、狭い排水口の中に4人もいるのを見て、「ツバメちゃんみたいね。気をつけてね」と言って、離れていったのだった。
長いこと何が「ツバメちゃんみたい」なのかが分からなかった。でも、今ならわかる。
それから少ししてみんなの塾通いが始まり、新しい秘密基地づくりの機会はなくなった。楽しい基地づくりよりも勉強を優先する理由がぼくにはわからなかったけれど、そんなぼくも、その半年ほど後から塾通いをするようになった。
塾へ行かせることに決めた、と言われて「学校に行ってるじゃないか。これ以上勉強なんて嫌だ。今は遊びたいんだ」と母親に言ったのを覚えている。
開放された自由な空気感が秘密基地にはある。逆に束縛するもの、当時それは親や教師だった。その秘密基地づくりができなくなって、しかも塾の講師という新たな敵ができてしまったのだった。
それから義務教育を終え、高校を出て、一人暮らしを始めた。そのスタートは学生マンションで、いまも集合住宅に住んでいる。でもそれはあの頃憧れていた秘密基地とはやっぱりどこか違う気がする。
2020年5月15日金曜日
2020年4月26日日曜日
2020/04/26
写真は牛久の大仏様。高さは120m、とにかく大きい。
連れてこられた子供が驚いて泣いた、という噂もあるほど。
1993年に作られたそうです。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
前回から3年以上空いてしまった。
この間に子供が生まれ、2回引越しをした。
自営業だったのが、会社員になった。
環境の変化で目眩がするほど。
これまでは出来るだけ自分の幼い頃の記憶から遡って、
ブログをつけてきたけれど、
これからはいま自分が感じていることや思っていることも書いていきたい。でもまずは前回からの続き、秘密基地の話を完結させます。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その10
防空壕を基地にすることが出来なかったぼくらは、次に排水溝を秘密基地にした。
その日、基地へ集合してみると前日の雨で基地の中に置いていたものが押し流されていた。
ぼくらの秘密基地は排水溝とは言え、その貯水部分でそれなりの広さがある。そこへバスマットを引き、色々なものを持ち込んで基地にしていたのだけれど、それが雨で押し流されてしまった。
流されたものは基地にしていた貯水部分と比べ、はるかに狭い排水路で、ガラクタばかりだし放っておこう、と思ったのだけれど、「自転車の空気入れが無くなったら困る」と一人が怒り出し、それでぼくらはしかたなく、その狭い水路に入ることになった。
四つ這いになり、一列になって穴の中を這い進む。
満足に頭を上げられないほど、穴の中は狭くて息苦しさを覚える。
ぼくらは自分たちが進んでいる方向だけはわかっていた。
ここを進めば行き着くのは通りの交差点だ。
でもそれは外での話で、頭上でのこと。
この排水路の中は暗く、狭く、景色は変わらず、いつまでたっても自分たちがどの辺を這っているのか分からなかった。
僕等はひたすら前を行く友達の靴底を見ながら這い進む。
しばらくは服が壁を擦る音と自分たちの息遣いばかりが耳についた。
次第にその狭さと息苦しさで、いくら進んでも自転車の空気入れは見つからず、後戻りも出来なくなって、このまま排水溝から出られなくなるのではと、怖くなった。
なので僕は「空気入れ、見つかった?」と声をかけた。
「まだ見つからない」そう返事があって、
「もう探すのやめて戻ろう」と答えたけれど、
「あれは家の空気入れだから、無くしたら困る」と言われて、また這い進む。
それからずいぶん前進して、肘や膝が痛くなってまた泣き言を言い出したくなった頃、やっと空気入れが見つかった。
「見つけた」と先頭から聞こえてほっとした。
それから「これ持って下がれないから、後ろに回して」と後ろ手に空気入れが回されてくる。
受け取った空気入れをぼくも股の間から後ろに回す。
「戻って!」と先頭から声が上がった。
皆んな息苦しくて、早く戻りたいのだ。
前進するのもやっとの狭い排水溝を、後ろ向きに下がって進むのはさらに大変なことだった。
くるっとUターンしたくても、それだけの幅がない。
窮屈な中を無理やり後ろ向きに進むことで何回か前の友達の靴がぼくの手を踏み、ぼくの靴が後ろの友達の手を踏んだ。とても息苦しかった。
「こんなの持ったまま下がれない」一番前を行く(後ろ?)友達が空気入れを抱えたまま進むのが辛い、とぼくに空気入れを渡してきた。そしてまたぼくらは息を切らしながらきた道を戻りだした。
でもぼくも直ぐに音を上げた。
ただでさえ這い辛いのに、空気入れが邪魔で仕方ない。
「自分で持って行きなよ」とぼくは家からこの自転車の空気入れを持ってきた本人にそれを渡した。
どうにか自分たちの秘密基地へ辿り着いた。
排水溝の中とはいえ、広い空間へ戻りほっとした。
それは皆んなも同じ気持ちで、4人集まるとひとしきり声を上げて不安だった気持ちを発散した。そして外の空気を思い切り吸うべく、秘密基地の蓋である格子状の鉄蓋を開けて顔を出した。するとそこに一人のおばあちゃんがいてぼくらのことを見下ろしていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまた直ぐに。
秘密基地の話は次で完結します。
2017年12月31日日曜日
2017/12/31 秘密基地 その9
写真は福生のとある学校の運動会練習風景。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その9
自分たちで作ることをやめて、出来合いの場所を秘密基地に
することにしたぼくたちだったけれど、防空壕は使えず、
次に見つけたのが道路の“排水溝”だった。
排水溝と言ってもぼくらが基地にしたのはコンクリートの蓋がのった、あの幅の狭い“水路の部分”では無くて、
格子状の鉄蓋のかかった“貯水部分”で、
それは開通前の道路脇にあって、まだ使われていなかった。
指をかけて力を込めると、その格子状の鉄蓋は思いがけず
簡単に引き上がり、ぼくらは中へ降りた。
水路に比べれば広いけれど、4人も入れば貯水部分も
窮屈で息苦しい。ただし風が入らず暖かかった。
ぼくらはそこへバスマットを持ち込んで敷き、
他にも自転車の空気入れや、工事現場で拾った金具、
壊れたテレビ、色水を入れた水鉄砲、などなど
ガラクタを持ち込んだ。
準備が終わりバスマットに座り込む。
思いがけず良い基地だった。
それからぼくらはこの秘密基地を足がかりにこれから
どんな冒険ができるかを話し合い、この日は解散した。
翌日も秘密基地へ。
でもどんなに話し合っても冒険の良いアイディアは
出てこない。
排水溝の狭い貯水エリアの中にいて、することがない。
サイコロのようなほぼ正方形の場所にぼくら4人は潜り
込んでいた。ここに貯水エリアの2周り以上も小さな
排水溝の口が前後に開けている。
その口を背にして2人、それから穴のないコンクリート
の壁をしにして2人が敷いたバスマットの上に座っていた。
一度ならず、その排水溝の穴をたどってみようか、と
ぼくらは話し合った。でもその穴の行き着く先はわかって
いる。そんなものは冒険と言えないだろう。
それからまた、ぼくらは何度も自分たちの真上・・
格子状の鉄蓋・・から除く青空を見上げた。
外は明るい。
ここは暗い。
不意にカツカツと響く足音が近づいてきて、ドキリとする。
どうやらそれがヒールを履いた女性の足音らしいとわかり、
ぼくらはにわかに色めきだった。
「おい。ここならパンツ丸見えじゃないか」
でもその女性はぼくらの潜む貯水エリアに影だけ落として
歩み去った。残念、と思う間も無く次なる足音が響いた、
がそれは作業服の男だった。
その男は鉄蓋の真上に立ち、まだ上を見上げていたぼくらは
顔に靴底の砂を浴びせられた。
また翌日、秘密基地の鉄蓋を開いてぼくらは驚いた。
敷いたバスマットが斜めになっている。
でもその原因はすぐに分かった。
犯人は昨晩の雨だ。
排水溝が本来の目的を果たしたらしい。
雨水の流れで、ぼくたちのガラクタ類も押し流されて
しまったのだ。
バスマットの位置を戻して座るとお尻が濡れてしまった。
足元もまだ濡れている。
濡れたお尻の不快感を我慢しながら、残されたものと、
流されたものを確認する。
押し流すには少々重たかったのだろう、
見ると排水溝の口のところにガラクタの一つ、工事現場で
拾った金具が転がっている。
見当たらないのは水鉄砲と自転車の空気入れだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまたです。
犯人は昨晩の雨だ。
排水溝が本来の目的を果たしたらしい。
雨水の流れで、ぼくたちのガラクタ類も押し流されて
しまったのだ。
バスマットの位置を戻して座るとお尻が濡れてしまった。
足元もまだ濡れている。
濡れたお尻の不快感を我慢しながら、残されたものと、
流されたものを確認する。
押し流すには少々重たかったのだろう、
見ると排水溝の口のところにガラクタの一つ、工事現場で
拾った金具が転がっている。
見当たらないのは水鉄砲と自転車の空気入れだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまたです。
2017年10月3日火曜日
2017/10/03 カメラの修理 Macの修理
写真は京王プラザホテル新宿。
この近くにキャノンのサービスセンターがあり、
先日カメラの受け取りに行った。
カメラのシャッターユニットを交換したのだ。
修繕費用はおよそ5万円。
機種にもよるけれど、ぼくが使っているカメラの
シャッター耐久回数は15万回なので、
仮に毎週1000回シャッターを切るとすると、、、
ひと月に3000回、、、だから、、、
年に3万6千、、、15万を3万6千で割って、、、
4年ほどでシャッター交換が必要になる。
でもぼくの場合、ほぼ毎年シャッター交換をしている。
と、すると15万割ることの12ヶ月で、ひと月に12500回シャッターを切っている計算になる。
これを4で割ると毎週3125回シャッターを
これを4で割ると毎週3125回シャッターを
切っていることになる。
あれ、間違ってるかな?
毎日写真をとっているわけでもないのにとても大きな数字だ。
これは自動車のエンジンオイル交換と同じように維持費だ。
この15万回と言う数字がどれほど正確なのかわからないけれど、
フォトグラファー仲間が「交換しないで使っていたらピントが合わなくなった」、とのことだったので、
直せるものならできるだけ自分で直したいけれど、
仕事でカメラを使ってる以上はこの出費も仕方ないか。
どうしたって物は壊れる。
そうした故障をどうしても自力で直したい時がある。
それは、修理が高くつく時だ。
うちでは少し前にミニコンポが壊れた。
CDを読み込めなくなった。これは中のレンズを磨いてもダメで、
気に入っていたから修理も考えたのだけれど、同じものの中古品が安くで売られていたので結局は買い換えた。
PCが壊れるのは恐怖だ。
これまでに2回、PCのスイッチが壊れた。
この時は修理に出した。費用もかかるし、PCが無いと仕事も止まる。
(確かMacの依頼修理は一律5万かかる)
それからPCではスイッチが入っているのに画面がつかない時があった。
(PCが立ち上がらないのだ)
その時はスイッチの上にある電源ライトが激しく点滅していて、
その症状をノートPCで検索してみると、
「PC内のメモリ故障が原因」とわかった。
早速、8コ入っているメモリを1コずつ外しながら調べてみたら、
壊れているメモリがわかり、それを新しく取り寄せたメモリと付け替えたら直った。
それからやはりPCでCD/DVDドライブの故障。
これは機械本体の故障ではなくて、
PCからDVDドライブのトレーを出す、すると、戻るボタンを押しても、
ヴーィッと異音がするばかりでトレーが戻らなくなってしまうのだ。
当初これはDVDドライブの故障だと思い、検索すると
もう生産中止だった。現行品では外付けモデルがあるものの、
うちのはせっかくの内蔵型。
中にあるべき装置を外に置くのも無粋だと思い、しばし悩んだ。
CD/DVDドライブのトレーは出てくる。なのに戻らない。
どう言うことなのか、、5万の出費はでかい。
イジェクトボタンを押してトレーを出す。
・・出てくる・・。
が、改めてイジェクトボタンを押しても・・
何か詰まったような音がして、戻らない。
そこで戻らないトレーをちょっと指で押すと、
トレーは少し抵抗しながらも戻って行く。
これを繰り返せば滑りが良くなって直るんじゃないか、
と思い、この指で押し戻す作業を繰り返してみたの
だけれど、これでは直らなかった。
そこで一大決心・・ぼく的に・・をして、
CD/DVDドライブをPCから取り出すことにした。
(ま、仮にCD/DVDドライブを買い換えていたら、
この作業は必要だものね)
でもこの作業、ぼくの使っているMacの場合は蓋を
開けて引き出すだけですむ。ドライバーはいらない。
で、引き出し、まだコードの繋がっている状態で、
イジェクトボタンを押す。トレーが出る。
またイジェクトボタンを押す。と、トレーが戻る!?
もう一回試してみても、やはり戻る。
それがCD/DVDドライブをPC本体に取り付けると、
トレーが引っ込まなくなる。
どう言うことなのか。何がいけないのか。
しばし・・5分ほど・・悩む。
壊れていないのに、調子が悪い。
何かが引っかかっているのだ。
と、閃いた。
トレー排出時の音が鈍いのだ。
CD/DVDドライブを裏返してイジェクトボタンを押すと、
白い歯車がトレーを排出させているのがわかる。
綿棒とミンクオイルを持ってくると、ぼくはPCの
前にしゃがんでそのCD/DVDドライブ裏側の白い
歯車にミンクオイルを塗り込んだ。
それ以来ぼくは何かとこのミンクオイルを使っている。
腕時計ではバンドのはめ込み部分(カチッと止める)。
プラスチック製LEDランタンのスイッチ回転部分。
油染みが気にならないものならば
潤滑剤として様々に使えるミンクオイル。
もともとは革ジャンや革靴に塗るため買ったの
だけれど、いろいろ使えてとても重宝。
その後CD/DVDドライブはまた同じような症状が
現れて、またミンクオイルを塗り込んだ(直った)
機械用のオイルをさせばもっと長持ちするのかも。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「秘密基地 その9」は次回にします。
2017年9月12日火曜日
2017/09/11 秘密基地 その8
写真は正午。昼飯を食べに行く男たち。この夏に撮ったもの。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そうそうヒアリのニュースに触れて思い出したことがある。
それは大学生の時のこと、ぼくは川沿いのサイクリングロードを自転車で走っていた。
夕方。いつも通り道は空いていて、相当なスピードを出していた。
ところで、高校生の頃には自転車は現実逃避するための道具だった。
(↑大学受験を含め、色んなことからの逃避)
自転車に乗るとアドレナリンとエンドルフィンが溢れ出てどこまでも走れる気がした。
そんな時には周りの景色が自分の意識から切り離された現実離れしたものに感じられて
目に飛び込んでくる。そんな感覚を写真にできたら、と当時は思った。
それがいざ大学に入り膨大な自由時間が手に入った途端に自転車に乗っても高校生の頃の
酩酊感が味わえなくなった。現実逃避の必要が薄れたからだろうか?
ぼくは度々そのサイクリングロードへ行っては無闇に走った。
でもどうしてもその瞬間は来なかった。
その日も酩酊状態を味わえずに悔しい思いをしながらの帰りだった。
チクショー!と思いながら立ち漕ぎしていた、その時、バチッと頰に何かがぶつかった。
かなりの衝撃で驚いた。
立ち漕ぎのまま振り返るとそこにはスズメバチがいた。
スズメバチはそこでホバリングしているようで、まるでそこに浮かんでいるようだった。
蜂は体の向きをこちらに向けていて、お尻をクイッと上に持ち上げている。
ぼくは振り返ったままそれをじっと見ていた。
自転車は走り続けていた。
と、そのお尻の針からピューっと毒が吹き出したのだ。
その全てがスローに感じられた。
ぼくはスズメバチの大きさと攻撃する素早さに驚いた。
そしてもしかしたら追いかけてくるんじゃないかと思い、夢中でペダルを漕いだ。
※こんなことがあってからもう20年が経った。もしかしたら毒を飛ばされたのは
ぼくの記憶違いかもしれないと思い検索してみたら、やはり出てきた。
スズメバチはクマなどの敵に対する目潰しに毒を飛ばすそう。
悪いと失明してしまうとか。とても恐ろしい。
さて、改めてなぜ大学生になった当時のぼくが自転車に乗っても酩酊感を味わえなく
なってしまったのかを考えると、それはそもそもの周囲の景色の違いがあったのでは
ないかと思いついた。
高校生の頃に走り回っていた街は家々があり、その家を囲う塀があり、コンビニや
雑居ビルや学校があった。
それが大学の周辺は山に囲われていて、周りにあるものと言えば田んぼ、畑、川、
それから寺に古墳くらい。
サイクリングロードを走っていてもたまに出会うのは農家のお年寄りくらい。
そして遠くをローカル線がのんびり走って行く。そんなあまりにも健全な風景ばかり。
こんな景色の中にあっては視線は常に前を向いて、自分の居場所ははっきりする。
それが街中では視線が泳ぐ。ぐるぐる走り続けていると迷子になる。
教科書から顔を背けた高校生のぼくは迷子に憧れていたのかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その8
防空壕の中は真っ暗だった。
懐中電灯でその中を照らして見ると壁にも足元にもカマドウマがびっしり張り付いていた。
それが気持ち悪く、結局、自分たちの基地にすることを断念した。
しかも通りがかったおばさんには「土に溺れるのは水に溺れるよりも苦しいのよ」と
叱られたのだった。
でも何よりもショックだったのは防空壕の広さだった。
当時のぼくらではその防空壕に匹敵する・・たとえその半分以下でも・・基地を作る
のは不可能に思えたのだ。
それでぼくらは自力での秘密基地作りは諦めてしまった。
その代わりに大人の作った場所で基地になる場所を探し回って見つけたのが
道路の側溝・・排水溝・・だった。
その頃、ちょうど近所で大きな国道を作り始めていて、この道路の交差点にある側溝に
大ぶりな格子状の鉄網がかかっていた。
見下ろして中を覗く。
そこは四角く、コンクリート製で、秘密基地にぴったりに思えた。
鉄網に指をかけて引っ張る。
扉は開いた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまた。
2017年8月19日土曜日
2017/08/19 秘密基地 その7
秘密基地 その7
「凄い基地がある」と聞いて来てみたら、それは防空壕だった。中は真っ暗。懐中電灯を点けると足元から壁までびっしりとカマドウマ?が張り付いていた。足元でサクサク音を立てていたのは枯葉ではなくその虫だったのだ。ショックだった。それでもぼくらはその防空壕の入り口から離れなかった。それはもちろん防空壕の凄さもあったけれど、それよりもいつも遊んでいるメンバー(ぼくら3人)以外の仲間がいることの特別な感じがあったからだ。
解散するのがもったいなくて、みんなで防空壕の周辺を見て回った。すると林の中(防空壕の上部に当たる)に、子供がやっと通れるくらいの狭い穴を見つけた。すっかり藪で覆われていたけれどその穴は防空壕につながっていた。
これはいざという時のための脱出口だったのだろう。
「これでカマドウマさえいなければ素敵な秘密基地になるのに」などと言って騒いでいたら、そこを自転車で通りがかった1人のおばさんが、「こんなところで遊んじゃいけない。もしも崩れたら大変。土に溺れるのは水で溺れるより何倍も苦しいのよ」とお説教を始めた。
カマドウマに恐れをなしてもう防空壕に入るつもりじゃなかったので、本当ならば「ここで遊ぶな」と言われても、じゃあ別の場所で遊ぶからいいや、ってなものだ。だけどぼくら3人は自分たちの秘密基地を壊された直後だったのもあってそのおばさんの言葉にムッとした。それでぼくは、
「なんで水に溺れるより苦しいなんてわかるの?土で溺れたことなんてないでしょう?」と、反論してした。
するとおばさんは目を釣り上げ、「あなたのお母さん知っているわ。言い付けるから」と叫び、「あなたたちがここから離れるまでここから離れない」と言って、防空壕の前に立ちふさがった。おばさんの剣幕におされ、その場を離れた。
そして結局、次の基地を探すことになった。
防空壕に洗礼を受けて、ぼくらの秘密基地作りは終わった。
防空壕レベルの基地を自力で作るのは大変な事なのだ。
ましてや基地作りのきっかけになったテレビドラマ、
「おもいっきり探偵団 覇悪怒組」に出てくるようなものとなるともう、どこから手をつければいいのかさえわからない。ぼくらはただの竪穴(3人が座れる程度の)を掘る事すら断念したのに、覇悪怒組に出てきた秘密基地はコンクリート製で、梯子を使って地下に降り、居心地良さそうで、しかも潜望鏡まであるのだ。
秘密基地作りは努力に見合わない、、。早くもそんな結論に達してしまった。
水道(トイレ・風呂)・電気・エアコン完備の「家」は居心地が良すぎるのだ。その心地いい「家」を上回る秘密基地を作るのは不可能に思えた。
そんなこんなで残念な事?に、次なるぼくらの基地はまたも大人が作ったものになってしまった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
今回の写真はずいぶん前に撮ったもの。印象的な黒い雲だった。
続きはまた。
2017年8月13日日曜日
2017/08/14 夏休みと、ヒアリと、
写真は千葉県で撮ったもの。風力発電の風車。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ヒアリのニュースが絶えない。
検索してみると蟻の種類はとても多く、現在およそ1万2千種類が見つかっていて、
日本では280種類が確認されているとか。
8月も半ば、夏休みだ。
ぼくは小学校3年生の夏休みほぼ一ヶ月を従兄弟の住む長野で過ごした。
従兄弟の父は蝶の採取を趣味にしていて、その夏休みぼくはその叔父とともに
虫取り網を持って何回か蝶の採取に行った。
一つ年下の従兄弟はあまり昆虫や蝶を捕まえるのを面白がらず、
ぼくの方が面白がっていたのもあって、その日は叔父とぼくと二人で蝶を探しに行った。
車でどのくらい走ったのか定かではないけれど、ある山の麓で車を止めると、
その山に叔父とぼくは分け入った。
普段人が入ることなどほとんどないのだろう、山は鬱蒼としている。
木々がぼくの視界を頻繁に遮る。
多分叔父はぼくの歩く速度に合わせてくれていたのだと思う。
それがしばらく山を登っていくと、どうやら目当ての蝶を見つけたらしく、
「自分が戻るまでここを動かないように。それからその辺の石は踏まないように」と
言い置句と、叔父は驚くほどの速さで山を登り始めた。
ぼくはしばらく叔父の背中を追っていたけれど、それはすぐに見えなくなった。
叔父の立てるガサガサ言う音が聞こえなくなってから、多分1分ほどは静かにしていた。
山の中にぽつんとしていて、ぼくはすぐにつまらなくなった。
そこには見渡す限り、木と隙間から見える曇り空と足元の地面しかない。
それを交互に見ながらここに素敵な蝶が現れないか、と考えたけれど現れず、
次に叔父を追いかけようか、と思ったけれど叔父がどこら辺りにいるのかもう
分からない。嫌になって下山するにもいくら乗り出しても道路が見えず、
ここには山道もなく迷子になるのが怖くて動くに動けなかった。
叔父が迎えに来るまで待つしかない。とにかく待とう。
そういうことになった。
ぼくはまた木と空と地面を交互に見ながら叔父を待つ。
どのくらい待ったのか、分からない。
あまりの退屈さにジリジリしていると、「石を踏まないように」と言った叔父の
言葉が思い出された。
なぜ石を踏んではならないのか?
ぼくは足元にあった大きめの石ころをちょん、と蹴ってみる。
それからその様子を叔父に見咎められないかと周囲を見回す。
が、何も起きない。
またただただ待ち続ける。
木を見て空を見て地面を見る。
と、足にアリがたかっている。
手で払う。
もう一匹アリがいる。
手で払う。
アリがどんどんぼくの足を這い上がってくる。
驚いて、数歩後ろに下がる。が、そのはずみで他の石を踏む。
と、その石の下からたくさんのアリがわらわらと現れてぼくの足をよじ登る。
少し怖くなって、抱えていた虫除けスプレーを足にかける。
それに驚いたのか、ありがぼくの足を噛む。
払いのけてもスプレーをかけてもアリは次々現れる。
そうしてしばらくアリと格闘していたら、叔父が戻ってきた。
追いかけて行った蝶を捕まえたのか逃げられたのかを聞かなかったけれど、
ぼくの足元を見るなり、「石、踏んだのか。ここらの石の下はアリの巣だから、
踏むと怒って襲ってくるんだ。まぁ噛みつかれてもたいして痛くはないけどね」と
言い。それからぼくを連れて下山したのだった。
それ以来、ぼくはアリを見るとたまにその時のことを思い出す。
でもそれ以来、ぼくはそんなアリとは出会っていない。
でもきっと、それはそれほど珍しいアリではないのだろう、と思う。
ヒアリのニュースから、またその夏のことを思い出したのだった。
アリは1億年以上前にスズメバチの祖先から別れて進化したと考えられているそう。
通りでアリにも毒や羽があるわけです。
また今度スズメバチの思い出?も書きたいと思います。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
思ったより長くアリについて書いてしまったので、
「秘密基地 その7」は次回です。
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