退職金7000万てのは大きく出たね。訓告ってのも普段聞かない言葉でいやらしい処分だ。でもこれ、実は良い解決策がある。コロナ給付金の引き上げだ。10万から7000万へのステップアップ。一人の男の退職金としてそれだけ出せるのなら、現役世代にもそれくらいは出せるであろう。これでほとんどの国民が不満解消間違いなしだ。ぜひお願いしたい。
ところでネットを見ていると、「色々問題があっても今の権力者?たちを選んだのは我々国民一人一人なのだ」と言う意見をみかける。でもそれって本当にそうなのかな、と思う。少なくともぼくは何かの事件に絡んで(汚職、賄賂や失言など)名前が上がり、いつの間にか忘れられていった人たちを誰一人として選んだ覚えがない。
それでも“選んだ”と言うのなら自動的にその人たちが選ばれるようなシステムがあるとしか思えない。賢い人がいて選挙のシステムを考えたときに、自分たちへ票が集まるような構造を作ったのだ、と陰謀論好きとしては考えてしまう。
下々が投票できる一握りの議員たちが、段階的にいつの間にか我々がメディアでしか存じ上げないトップの議員たちを擁立する、そんなピラミッド構造があるのではなかろうか。
陰謀だ。陰謀。と冗談はさておき、前回の続きでコロナ絡みの陰謀論を展開してゆこう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ★
新型コロナウイルス蔓延を受けて、今後どのような影響が出てくるか。
生きてゆく上で“衣食住”が要として、“食”はどうだろう。食品の多くを輸入に頼っている日本(グーグルで検索すると、2018年度で自給率は37%だそう)では、もし海外からの輸入が減少してしまったら、大変なことになりそうだ。日本には非常食の用意があるのだろうか?これは検索してもヒットがなく、個人に委ねられているのかも、、。“食”はとてもシビアな問題なのではないだろうか。
ぼくはいま東京の西部(多摩地域)に住んでいるのだけど、周辺の古くから住む地主の多くは畑を持ち、人によっては庭に小ぶりながら田んぼまである。越してきた当初は驚いたものだ。でも、生き永らえてゆく上で、これは本来あるべき姿なんじゃないか、と最近つくづく思う。
最低限の住処と、服と、「食」。これが確保できれば極端な話、それ以外の仕事がなくとも生きて行ける。もっともっと耕すべきなんじゃないか。そもそも、多くの人達は畑を耕す代わりに、なにか他の仕事をしているのだから。「食」を手に入れるために(余裕のある人はその他、趣味のものがあるだろうけれど)働いているのだから。
と、こんなことを考える余裕ができたのは、コロナ自粛のおかげだ。
コロナウイルスで多くの人が苦しんでいる。
この先どうなるのか、分からない。
でも皮肉なもので、今回の自粛騒ぎでぼくは恩恵を受けた。
勤務時間が減り、体調管理がしやすくなった。
通勤時、これまでのような満員電車ではなくなった。
家族で過ごす時間が増え、自宅を掃除する時間が出来た。
そして多分、今回のようなことがなければ、決して手に入れることのできなかった、「自分の時間」を過ごすことが出来ている。日本で働く、多くの人にとってはどうなのだろう。
このウイルスが零細企業のサラリーマンたちの思念が生んだ産物だとしたら、いつ本当の収束を迎えるのだろう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
次回は、たぶん、漫画について思うことを。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
写真はiPhoneで撮ったものを組み合わせて作った。
ここ何年かスマホでばかり写真を撮っていたけれど、最近リコーのコンデジを手に入れた。だからそのデジカメで撮った写真を次回から載せられるので楽しみにしている。リコーの写りは自分のiPhoneと比べて、さすがに綺麗。だけど、古いコンデジなので暗い場所ではノイズが目立つ。もう一つやっかいなのはInstagramに写真をアップする場合だ。リコーからPCにデータを移し、さらにPCからメールでiPhoneにデータを送り、それでやっとインスタにアップできるってことで手間がかかりすぎる。もっと効率のいい方法があるのだろうか。
2020年5月25日月曜日
2020年5月19日火曜日
2020/05/16 陰謀論(covid-19)
写真はいわゆる三密である。
草むらで密談、隠密、密会。
何かをくわだてている。
以前から、ぼくは陰謀論に興味をひかれる。
自分自身に当てはめれば、花粉症が筆頭に上がる。
もう30年近くも前からぼくは花粉症に苦しんでいる。
鼻がつまってまともに息ができない時などは、その辛さを例えるなら、水を張った洗面器に顔をつけて、息継ぎしようにもできない苦しみとでも言おうか。
春になり毎年毎年この辛さを味わっていると、この花粉症ってヤツが何かの陰謀じゃないかと思えてくる。
なぜ、そんなことをするのか。
製薬会社やマスク会社のたくらみだと言う人がいる。
なるほど、ありそうな事だ。
映画の世界では水道水に毒薬を混ぜたジョーカーをバットマンがやっつけた。ジョーカーがなぜそんな事をしたのか良く覚えていないけれど、金のためではなかった気がする。
単純に自分の楽しみのため。
人を困らせるのが彼の趣味だったような、、。
目のかゆみと鼻づまりが続き、頭に霞がかかり、だるくて何も手につかなくなると、後はもうひたすら横になって眠り続けるしかない。そしてまたいつの日か目覚めとともに鼻が詰まるのだ。そんなザマを誰かが陰で眺めて喜んでいるのだろうか。さすがにそんな事は無さそうだが。
特効薬万歳!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
さて、この度のウイルス蔓延に陰謀論を当てはめるとどうだろうか。強国の覇権争いに拠るなれの果てだろうか。
5G獲得は情報戦を制することになるようで、アメリカと中国が熾烈な争いをしてきたところでのこの騒動だからだ。
しかしこれをぐっと身近に、自分の回りで起きている影響を考えてみると、トイレットペーパーやマスクや消毒液が手に入らなくなり、出勤日数が週5日から週2〜3日に減り、外出に気を使うようになって、家族揃っての外食や買い出しを控えるようになった。それにともなってLINEやInstagramでの情報交換、電話での通話時間、それから家族でYoutubeを楽しむ時間が増えた。後は自宅を掃除する時間が増えた。
これをどう考えたら良いのだろう。
2011年には大震災が起こり、原子力発電所が爆発した。
この震災による影響はまだ収まっていない。
当時いつまでも続く強い揺れに、ぼくは家が倒れてしまうのではないかと強い恐怖を感じた。
翌日、仕事を終え、戻った事務所で福島での事故を知った。
そしてラジオやテレビを通して、この原発事故の影響を知るにつけ、新たな恐怖が募った。それは地震による揺れや津波とはまた違う、見えないものに対する恐怖だった。それから計画停電が始まり、ガソリンスタンドの前では渋滞が起きた。テレビやラジオからはいつものCMがなくなり、同じものが繰り返し流された。それはまさに、緊急事態だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
次回に続けます。
草むらで密談、隠密、密会。
何かをくわだてている。
以前から、ぼくは陰謀論に興味をひかれる。
自分自身に当てはめれば、花粉症が筆頭に上がる。
もう30年近くも前からぼくは花粉症に苦しんでいる。
鼻がつまってまともに息ができない時などは、その辛さを例えるなら、水を張った洗面器に顔をつけて、息継ぎしようにもできない苦しみとでも言おうか。
春になり毎年毎年この辛さを味わっていると、この花粉症ってヤツが何かの陰謀じゃないかと思えてくる。
なぜ、そんなことをするのか。
製薬会社やマスク会社のたくらみだと言う人がいる。
なるほど、ありそうな事だ。
映画の世界では水道水に毒薬を混ぜたジョーカーをバットマンがやっつけた。ジョーカーがなぜそんな事をしたのか良く覚えていないけれど、金のためではなかった気がする。
単純に自分の楽しみのため。
人を困らせるのが彼の趣味だったような、、。
目のかゆみと鼻づまりが続き、頭に霞がかかり、だるくて何も手につかなくなると、後はもうひたすら横になって眠り続けるしかない。そしてまたいつの日か目覚めとともに鼻が詰まるのだ。そんなザマを誰かが陰で眺めて喜んでいるのだろうか。さすがにそんな事は無さそうだが。
特効薬万歳!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
さて、この度のウイルス蔓延に陰謀論を当てはめるとどうだろうか。強国の覇権争いに拠るなれの果てだろうか。
5G獲得は情報戦を制することになるようで、アメリカと中国が熾烈な争いをしてきたところでのこの騒動だからだ。
しかしこれをぐっと身近に、自分の回りで起きている影響を考えてみると、トイレットペーパーやマスクや消毒液が手に入らなくなり、出勤日数が週5日から週2〜3日に減り、外出に気を使うようになって、家族揃っての外食や買い出しを控えるようになった。それにともなってLINEやInstagramでの情報交換、電話での通話時間、それから家族でYoutubeを楽しむ時間が増えた。後は自宅を掃除する時間が増えた。
これをどう考えたら良いのだろう。
2011年には大震災が起こり、原子力発電所が爆発した。
この震災による影響はまだ収まっていない。
当時いつまでも続く強い揺れに、ぼくは家が倒れてしまうのではないかと強い恐怖を感じた。
翌日、仕事を終え、戻った事務所で福島での事故を知った。
そしてラジオやテレビを通して、この原発事故の影響を知るにつけ、新たな恐怖が募った。それは地震による揺れや津波とはまた違う、見えないものに対する恐怖だった。それから計画停電が始まり、ガソリンスタンドの前では渋滞が起きた。テレビやラジオからはいつものCMがなくなり、同じものが繰り返し流された。それはまさに、緊急事態だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
次回に続けます。
2020年5月15日金曜日
2020/05/15 秘密基地その11
写真は10年ほど前のもの。最近はすっかりスマホカメラばかり使っているけれど、この時はまだガラケーだった。だからこの写真は一眼レフで撮っている。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その11
狭くて息苦しい穴から抜け出し、排水口の蓋を押し上げて顔を出すと、そこにおばあちゃんが立っていて、不思議そうに僕等を見ていた。
とっさに叱られると思った。
でもおばあちゃんは口を開かず、僕等を見ているだけ。
何か言い訳しなきゃと思い、ぼくは「大事なものを落としちゃって、探してたんだ」と話した。
「見つかった?」と聞かれて、見つかったと答えると、良かったね、と言いながらおばあちゃんは中を覗き込み、狭い排水口の中に4人もいるのを見て、「ツバメちゃんみたいね。気をつけてね」と言って、離れていったのだった。
長いこと何が「ツバメちゃんみたい」なのかが分からなかった。でも、今ならわかる。
それから少ししてみんなの塾通いが始まり、新しい秘密基地づくりの機会はなくなった。楽しい基地づくりよりも勉強を優先する理由がぼくにはわからなかったけれど、そんなぼくも、その半年ほど後から塾通いをするようになった。
塾へ行かせることに決めた、と言われて「学校に行ってるじゃないか。これ以上勉強なんて嫌だ。今は遊びたいんだ」と母親に言ったのを覚えている。
開放された自由な空気感が秘密基地にはある。逆に束縛するもの、当時それは親や教師だった。その秘密基地づくりができなくなって、しかも塾の講師という新たな敵ができてしまったのだった。
それから義務教育を終え、高校を出て、一人暮らしを始めた。そのスタートは学生マンションで、いまも集合住宅に住んでいる。でもそれはあの頃憧れていた秘密基地とはやっぱりどこか違う気がする。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その11
狭くて息苦しい穴から抜け出し、排水口の蓋を押し上げて顔を出すと、そこにおばあちゃんが立っていて、不思議そうに僕等を見ていた。
とっさに叱られると思った。
でもおばあちゃんは口を開かず、僕等を見ているだけ。
何か言い訳しなきゃと思い、ぼくは「大事なものを落としちゃって、探してたんだ」と話した。
「見つかった?」と聞かれて、見つかったと答えると、良かったね、と言いながらおばあちゃんは中を覗き込み、狭い排水口の中に4人もいるのを見て、「ツバメちゃんみたいね。気をつけてね」と言って、離れていったのだった。
長いこと何が「ツバメちゃんみたい」なのかが分からなかった。でも、今ならわかる。
それから少ししてみんなの塾通いが始まり、新しい秘密基地づくりの機会はなくなった。楽しい基地づくりよりも勉強を優先する理由がぼくにはわからなかったけれど、そんなぼくも、その半年ほど後から塾通いをするようになった。
塾へ行かせることに決めた、と言われて「学校に行ってるじゃないか。これ以上勉強なんて嫌だ。今は遊びたいんだ」と母親に言ったのを覚えている。
開放された自由な空気感が秘密基地にはある。逆に束縛するもの、当時それは親や教師だった。その秘密基地づくりができなくなって、しかも塾の講師という新たな敵ができてしまったのだった。
それから義務教育を終え、高校を出て、一人暮らしを始めた。そのスタートは学生マンションで、いまも集合住宅に住んでいる。でもそれはあの頃憧れていた秘密基地とはやっぱりどこか違う気がする。
2020年4月26日日曜日
2020/04/26
写真は牛久の大仏様。高さは120m、とにかく大きい。
連れてこられた子供が驚いて泣いた、という噂もあるほど。
1993年に作られたそうです。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
前回から3年以上空いてしまった。
この間に子供が生まれ、2回引越しをした。
自営業だったのが、会社員になった。
環境の変化で目眩がするほど。
これまでは出来るだけ自分の幼い頃の記憶から遡って、
ブログをつけてきたけれど、
これからはいま自分が感じていることや思っていることも書いていきたい。でもまずは前回からの続き、秘密基地の話を完結させます。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その10
防空壕を基地にすることが出来なかったぼくらは、次に排水溝を秘密基地にした。
その日、基地へ集合してみると前日の雨で基地の中に置いていたものが押し流されていた。
ぼくらの秘密基地は排水溝とは言え、その貯水部分でそれなりの広さがある。そこへバスマットを引き、色々なものを持ち込んで基地にしていたのだけれど、それが雨で押し流されてしまった。
流されたものは基地にしていた貯水部分と比べ、はるかに狭い排水路で、ガラクタばかりだし放っておこう、と思ったのだけれど、「自転車の空気入れが無くなったら困る」と一人が怒り出し、それでぼくらはしかたなく、その狭い水路に入ることになった。
四つ這いになり、一列になって穴の中を這い進む。
満足に頭を上げられないほど、穴の中は狭くて息苦しさを覚える。
ぼくらは自分たちが進んでいる方向だけはわかっていた。
ここを進めば行き着くのは通りの交差点だ。
でもそれは外での話で、頭上でのこと。
この排水路の中は暗く、狭く、景色は変わらず、いつまでたっても自分たちがどの辺を這っているのか分からなかった。
僕等はひたすら前を行く友達の靴底を見ながら這い進む。
しばらくは服が壁を擦る音と自分たちの息遣いばかりが耳についた。
次第にその狭さと息苦しさで、いくら進んでも自転車の空気入れは見つからず、後戻りも出来なくなって、このまま排水溝から出られなくなるのではと、怖くなった。
なので僕は「空気入れ、見つかった?」と声をかけた。
「まだ見つからない」そう返事があって、
「もう探すのやめて戻ろう」と答えたけれど、
「あれは家の空気入れだから、無くしたら困る」と言われて、また這い進む。
それからずいぶん前進して、肘や膝が痛くなってまた泣き言を言い出したくなった頃、やっと空気入れが見つかった。
「見つけた」と先頭から聞こえてほっとした。
それから「これ持って下がれないから、後ろに回して」と後ろ手に空気入れが回されてくる。
受け取った空気入れをぼくも股の間から後ろに回す。
「戻って!」と先頭から声が上がった。
皆んな息苦しくて、早く戻りたいのだ。
前進するのもやっとの狭い排水溝を、後ろ向きに下がって進むのはさらに大変なことだった。
くるっとUターンしたくても、それだけの幅がない。
窮屈な中を無理やり後ろ向きに進むことで何回か前の友達の靴がぼくの手を踏み、ぼくの靴が後ろの友達の手を踏んだ。とても息苦しかった。
「こんなの持ったまま下がれない」一番前を行く(後ろ?)友達が空気入れを抱えたまま進むのが辛い、とぼくに空気入れを渡してきた。そしてまたぼくらは息を切らしながらきた道を戻りだした。
でもぼくも直ぐに音を上げた。
ただでさえ這い辛いのに、空気入れが邪魔で仕方ない。
「自分で持って行きなよ」とぼくは家からこの自転車の空気入れを持ってきた本人にそれを渡した。
どうにか自分たちの秘密基地へ辿り着いた。
排水溝の中とはいえ、広い空間へ戻りほっとした。
それは皆んなも同じ気持ちで、4人集まるとひとしきり声を上げて不安だった気持ちを発散した。そして外の空気を思い切り吸うべく、秘密基地の蓋である格子状の鉄蓋を開けて顔を出した。するとそこに一人のおばあちゃんがいてぼくらのことを見下ろしていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまた直ぐに。
秘密基地の話は次で完結します。
2017年12月31日日曜日
2017/12/31 秘密基地 その9
写真は福生のとある学校の運動会練習風景。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その9
自分たちで作ることをやめて、出来合いの場所を秘密基地に
することにしたぼくたちだったけれど、防空壕は使えず、
次に見つけたのが道路の“排水溝”だった。
排水溝と言ってもぼくらが基地にしたのはコンクリートの蓋がのった、あの幅の狭い“水路の部分”では無くて、
格子状の鉄蓋のかかった“貯水部分”で、
それは開通前の道路脇にあって、まだ使われていなかった。
指をかけて力を込めると、その格子状の鉄蓋は思いがけず
簡単に引き上がり、ぼくらは中へ降りた。
水路に比べれば広いけれど、4人も入れば貯水部分も
窮屈で息苦しい。ただし風が入らず暖かかった。
ぼくらはそこへバスマットを持ち込んで敷き、
他にも自転車の空気入れや、工事現場で拾った金具、
壊れたテレビ、色水を入れた水鉄砲、などなど
ガラクタを持ち込んだ。
準備が終わりバスマットに座り込む。
思いがけず良い基地だった。
それからぼくらはこの秘密基地を足がかりにこれから
どんな冒険ができるかを話し合い、この日は解散した。
翌日も秘密基地へ。
でもどんなに話し合っても冒険の良いアイディアは
出てこない。
排水溝の狭い貯水エリアの中にいて、することがない。
サイコロのようなほぼ正方形の場所にぼくら4人は潜り
込んでいた。ここに貯水エリアの2周り以上も小さな
排水溝の口が前後に開けている。
その口を背にして2人、それから穴のないコンクリート
の壁をしにして2人が敷いたバスマットの上に座っていた。
一度ならず、その排水溝の穴をたどってみようか、と
ぼくらは話し合った。でもその穴の行き着く先はわかって
いる。そんなものは冒険と言えないだろう。
それからまた、ぼくらは何度も自分たちの真上・・
格子状の鉄蓋・・から除く青空を見上げた。
外は明るい。
ここは暗い。
不意にカツカツと響く足音が近づいてきて、ドキリとする。
どうやらそれがヒールを履いた女性の足音らしいとわかり、
ぼくらはにわかに色めきだった。
「おい。ここならパンツ丸見えじゃないか」
でもその女性はぼくらの潜む貯水エリアに影だけ落として
歩み去った。残念、と思う間も無く次なる足音が響いた、
がそれは作業服の男だった。
その男は鉄蓋の真上に立ち、まだ上を見上げていたぼくらは
顔に靴底の砂を浴びせられた。
また翌日、秘密基地の鉄蓋を開いてぼくらは驚いた。
敷いたバスマットが斜めになっている。
でもその原因はすぐに分かった。
犯人は昨晩の雨だ。
排水溝が本来の目的を果たしたらしい。
雨水の流れで、ぼくたちのガラクタ類も押し流されて
しまったのだ。
バスマットの位置を戻して座るとお尻が濡れてしまった。
足元もまだ濡れている。
濡れたお尻の不快感を我慢しながら、残されたものと、
流されたものを確認する。
押し流すには少々重たかったのだろう、
見ると排水溝の口のところにガラクタの一つ、工事現場で
拾った金具が転がっている。
見当たらないのは水鉄砲と自転車の空気入れだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまたです。
犯人は昨晩の雨だ。
排水溝が本来の目的を果たしたらしい。
雨水の流れで、ぼくたちのガラクタ類も押し流されて
しまったのだ。
バスマットの位置を戻して座るとお尻が濡れてしまった。
足元もまだ濡れている。
濡れたお尻の不快感を我慢しながら、残されたものと、
流されたものを確認する。
押し流すには少々重たかったのだろう、
見ると排水溝の口のところにガラクタの一つ、工事現場で
拾った金具が転がっている。
見当たらないのは水鉄砲と自転車の空気入れだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまたです。
2017年10月3日火曜日
2017/10/03 カメラの修理 Macの修理
写真は京王プラザホテル新宿。
この近くにキャノンのサービスセンターがあり、
先日カメラの受け取りに行った。
カメラのシャッターユニットを交換したのだ。
修繕費用はおよそ5万円。
機種にもよるけれど、ぼくが使っているカメラの
シャッター耐久回数は15万回なので、
仮に毎週1000回シャッターを切るとすると、、、
ひと月に3000回、、、だから、、、
年に3万6千、、、15万を3万6千で割って、、、
4年ほどでシャッター交換が必要になる。
でもぼくの場合、ほぼ毎年シャッター交換をしている。
と、すると15万割ることの12ヶ月で、ひと月に12500回シャッターを切っている計算になる。
これを4で割ると毎週3125回シャッターを
これを4で割ると毎週3125回シャッターを
切っていることになる。
あれ、間違ってるかな?
毎日写真をとっているわけでもないのにとても大きな数字だ。
これは自動車のエンジンオイル交換と同じように維持費だ。
この15万回と言う数字がどれほど正確なのかわからないけれど、
フォトグラファー仲間が「交換しないで使っていたらピントが合わなくなった」、とのことだったので、
直せるものならできるだけ自分で直したいけれど、
仕事でカメラを使ってる以上はこの出費も仕方ないか。
どうしたって物は壊れる。
そうした故障をどうしても自力で直したい時がある。
それは、修理が高くつく時だ。
うちでは少し前にミニコンポが壊れた。
CDを読み込めなくなった。これは中のレンズを磨いてもダメで、
気に入っていたから修理も考えたのだけれど、同じものの中古品が安くで売られていたので結局は買い換えた。
PCが壊れるのは恐怖だ。
これまでに2回、PCのスイッチが壊れた。
この時は修理に出した。費用もかかるし、PCが無いと仕事も止まる。
(確かMacの依頼修理は一律5万かかる)
それからPCではスイッチが入っているのに画面がつかない時があった。
(PCが立ち上がらないのだ)
その時はスイッチの上にある電源ライトが激しく点滅していて、
その症状をノートPCで検索してみると、
「PC内のメモリ故障が原因」とわかった。
早速、8コ入っているメモリを1コずつ外しながら調べてみたら、
壊れているメモリがわかり、それを新しく取り寄せたメモリと付け替えたら直った。
それからやはりPCでCD/DVDドライブの故障。
これは機械本体の故障ではなくて、
PCからDVDドライブのトレーを出す、すると、戻るボタンを押しても、
ヴーィッと異音がするばかりでトレーが戻らなくなってしまうのだ。
当初これはDVDドライブの故障だと思い、検索すると
もう生産中止だった。現行品では外付けモデルがあるものの、
うちのはせっかくの内蔵型。
中にあるべき装置を外に置くのも無粋だと思い、しばし悩んだ。
CD/DVDドライブのトレーは出てくる。なのに戻らない。
どう言うことなのか、、5万の出費はでかい。
イジェクトボタンを押してトレーを出す。
・・出てくる・・。
が、改めてイジェクトボタンを押しても・・
何か詰まったような音がして、戻らない。
そこで戻らないトレーをちょっと指で押すと、
トレーは少し抵抗しながらも戻って行く。
これを繰り返せば滑りが良くなって直るんじゃないか、
と思い、この指で押し戻す作業を繰り返してみたの
だけれど、これでは直らなかった。
そこで一大決心・・ぼく的に・・をして、
CD/DVDドライブをPCから取り出すことにした。
(ま、仮にCD/DVDドライブを買い換えていたら、
この作業は必要だものね)
でもこの作業、ぼくの使っているMacの場合は蓋を
開けて引き出すだけですむ。ドライバーはいらない。
で、引き出し、まだコードの繋がっている状態で、
イジェクトボタンを押す。トレーが出る。
またイジェクトボタンを押す。と、トレーが戻る!?
もう一回試してみても、やはり戻る。
それがCD/DVDドライブをPC本体に取り付けると、
トレーが引っ込まなくなる。
どう言うことなのか。何がいけないのか。
しばし・・5分ほど・・悩む。
壊れていないのに、調子が悪い。
何かが引っかかっているのだ。
と、閃いた。
トレー排出時の音が鈍いのだ。
CD/DVDドライブを裏返してイジェクトボタンを押すと、
白い歯車がトレーを排出させているのがわかる。
綿棒とミンクオイルを持ってくると、ぼくはPCの
前にしゃがんでそのCD/DVDドライブ裏側の白い
歯車にミンクオイルを塗り込んだ。
それ以来ぼくは何かとこのミンクオイルを使っている。
腕時計ではバンドのはめ込み部分(カチッと止める)。
プラスチック製LEDランタンのスイッチ回転部分。
油染みが気にならないものならば
潤滑剤として様々に使えるミンクオイル。
もともとは革ジャンや革靴に塗るため買ったの
だけれど、いろいろ使えてとても重宝。
その後CD/DVDドライブはまた同じような症状が
現れて、またミンクオイルを塗り込んだ(直った)
機械用のオイルをさせばもっと長持ちするのかも。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「秘密基地 その9」は次回にします。
2017年9月12日火曜日
2017/09/11 秘密基地 その8
写真は正午。昼飯を食べに行く男たち。この夏に撮ったもの。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そうそうヒアリのニュースに触れて思い出したことがある。
それは大学生の時のこと、ぼくは川沿いのサイクリングロードを自転車で走っていた。
夕方。いつも通り道は空いていて、相当なスピードを出していた。
ところで、高校生の頃には自転車は現実逃避するための道具だった。
(↑大学受験を含め、色んなことからの逃避)
自転車に乗るとアドレナリンとエンドルフィンが溢れ出てどこまでも走れる気がした。
そんな時には周りの景色が自分の意識から切り離された現実離れしたものに感じられて
目に飛び込んでくる。そんな感覚を写真にできたら、と当時は思った。
それがいざ大学に入り膨大な自由時間が手に入った途端に自転車に乗っても高校生の頃の
酩酊感が味わえなくなった。現実逃避の必要が薄れたからだろうか?
ぼくは度々そのサイクリングロードへ行っては無闇に走った。
でもどうしてもその瞬間は来なかった。
その日も酩酊状態を味わえずに悔しい思いをしながらの帰りだった。
チクショー!と思いながら立ち漕ぎしていた、その時、バチッと頰に何かがぶつかった。
かなりの衝撃で驚いた。
立ち漕ぎのまま振り返るとそこにはスズメバチがいた。
スズメバチはそこでホバリングしているようで、まるでそこに浮かんでいるようだった。
蜂は体の向きをこちらに向けていて、お尻をクイッと上に持ち上げている。
ぼくは振り返ったままそれをじっと見ていた。
自転車は走り続けていた。
と、そのお尻の針からピューっと毒が吹き出したのだ。
その全てがスローに感じられた。
ぼくはスズメバチの大きさと攻撃する素早さに驚いた。
そしてもしかしたら追いかけてくるんじゃないかと思い、夢中でペダルを漕いだ。
※こんなことがあってからもう20年が経った。もしかしたら毒を飛ばされたのは
ぼくの記憶違いかもしれないと思い検索してみたら、やはり出てきた。
スズメバチはクマなどの敵に対する目潰しに毒を飛ばすそう。
悪いと失明してしまうとか。とても恐ろしい。
さて、改めてなぜ大学生になった当時のぼくが自転車に乗っても酩酊感を味わえなく
なってしまったのかを考えると、それはそもそもの周囲の景色の違いがあったのでは
ないかと思いついた。
高校生の頃に走り回っていた街は家々があり、その家を囲う塀があり、コンビニや
雑居ビルや学校があった。
それが大学の周辺は山に囲われていて、周りにあるものと言えば田んぼ、畑、川、
それから寺に古墳くらい。
サイクリングロードを走っていてもたまに出会うのは農家のお年寄りくらい。
そして遠くをローカル線がのんびり走って行く。そんなあまりにも健全な風景ばかり。
こんな景色の中にあっては視線は常に前を向いて、自分の居場所ははっきりする。
それが街中では視線が泳ぐ。ぐるぐる走り続けていると迷子になる。
教科書から顔を背けた高校生のぼくは迷子に憧れていたのかもしれない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
秘密基地 その8
防空壕の中は真っ暗だった。
懐中電灯でその中を照らして見ると壁にも足元にもカマドウマがびっしり張り付いていた。
それが気持ち悪く、結局、自分たちの基地にすることを断念した。
しかも通りがかったおばさんには「土に溺れるのは水に溺れるよりも苦しいのよ」と
叱られたのだった。
でも何よりもショックだったのは防空壕の広さだった。
当時のぼくらではその防空壕に匹敵する・・たとえその半分以下でも・・基地を作る
のは不可能に思えたのだ。
それでぼくらは自力での秘密基地作りは諦めてしまった。
その代わりに大人の作った場所で基地になる場所を探し回って見つけたのが
道路の側溝・・排水溝・・だった。
その頃、ちょうど近所で大きな国道を作り始めていて、この道路の交差点にある側溝に
大ぶりな格子状の鉄網がかかっていた。
見下ろして中を覗く。
そこは四角く、コンクリート製で、秘密基地にぴったりに思えた。
鉄網に指をかけて引っ張る。
扉は開いた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
続きはまた。
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