2017年1月23日月曜日

2017/01/20 秘密基地 その2




写真は銚子へ旅行した時に途中で出会った風景。
こんな風景は無性に懐かしい気持ちにさせられる。
ここは前回アップした写真と同様、千葉県の香取市に近いところなのだけれど、
正確にはわからない。
これがiPhoneならば写真から撮った場所を調べられる。
だから位置情報機能はとても助かる・・使い方によっては怖い機能ではあるのだが。

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秘密基地(その2)

調べてみたらぼくが秘密基地に憧れるきっかけになったヒーロー物のドラマは
「摩天楼」ではなくて「おもいっきり探偵団 覇悪怒組」というものだった。
この中に出てくる怪人が摩天楼ならぬ「魔天郎」とのこと。
しかしどうも、「覇悪怒組」ハート組?ってのが、、恥ずかしいよ。
1987年に放送とのことだから、ぼくは10才、4年生か、、やばい、、恥ずかしい。

ともかくぼくはこのドラマを熱心に見た。
(内容はほとんど覚えていないのだけれど、潜水艦のような地下基地は魅力的だった)
幼馴染との秘密基地作りが始まった。
ドラマのイメージが強くて、地下基地に憧れていたからスコップで穴を掘る。
一生懸命に掘るのだけれど、当時のぼくらはまだ体が小さくて非力で、
一向に穴は深くならず、更には時々大きな石にぶつかり、その度に作業が遅れてしまう。
せめて自分たち3人が座れて、後はちゃぶ台が置けるくらいの地下空間を作りたかったの
だけれど、その程度を掘るのすら一苦労で、下校してからの基地作り(穴掘り作業)
に数日が費やされた。

それが驚いたことに、その日ぼくらが集まってみると、穴は格段に深くなっていた。
たったの1日でだ。
ぼくら3人は唖然とした。穴が広く深くなっているのも驚いたけれど、
その穴を掘り広げたのが当時70才越えの、ぼくのヨボヨボの祖父だったのだ。
「負けた」と思った。

そして祖父は「いい穴があったから使わせてもらう」と言い、
秘密基地になる予定だったその「穴」に落ち葉や枝などを集めると
焚き火を始めてしまったのだった。

ぼくはとても落ち込んだのだけれど、幼馴染の一人は切り替えが早くて、
「新しい基地を作ろう。まずは場所を探そう」
と、提案した。

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ここでぼくら3人の(ぼく目線での)性格紹介をします。

ぼく
1977年生まれ 
性格:浮き沈みが激しく、一人っ子に思われがち。実際は3人兄弟の長男。
   考えていることに行動がともなわず、イライラしやすい。おしゃべり。
   
A君 
1977年生まれ
性格:皮肉屋。理系。冷静。やはり3人兄弟の長男。
   基本的に人の考えに振り回されず、自分の考えで行動する。

B君
1977年生まれ
性格:争いを好まず、ぼくら3人の間でも一歩引いていた。
   冷静で慎重。口数は少なく芯が強い。

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地下基地になる予定の「穴」を祖父に奪われてしまい、ぼくたちは新たな土地を
探し求めた。と言えば格好良いのだが、A君にアテがありぼくらは自転車でその
雑木林へ向かった。(自転車は最高の移動手段だ)

その林は、こんな良い場所になぜ他に秘密基地が無いのか不思議に思うほど、
素敵な場所だった。

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続きはまたにします。

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2017年1月ももう後半。
今年も何とか無事に生き延びれますように!!

2016年12月27日火曜日

2016/12/27 秘密基地 その1


                                       

前回から早くも1ヶ月以上が過ぎてしまった。
本来ならば1日1膳、、ではなく1日1本は更新したいのだけれど。
今は月1だ。
ただバタバタするのも12月いっぱいで、
例年1月からは恐ろしく暇な日々が到来する。
休日は休日で嬉しいけれど、それが4連休辺りから
不安になる。(こんな状態で今年を乗り越えられるのかどうかが)
その不安の分だけ、ブログの更新が増えるに違い無い。

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さて、暇な1月からぼくが始めるのが確定申告の準備だ。
・・これだけ早くから始めるのに仕上がりがギリギリになるのだが謎だ・・
確定申告は「稼ぎ」と「費用」を並べて、いくら利益が出たかを申告する
ものだけれど、その費用の中の1つ「国民年金」にまたも影が落ちている。

それは「高齢者」の考え方によるもので、検索してみると
国連(国連!?て何だろう)では60歳以上を高齢者としていて、
WHO(国際保健機構)では65歳以上を高齢者としている。

さて、では日本ではどうなのか。
調べてみるとこれが複雑で、
1、年金受給は65歳から。
2、道路交通法では70歳から。
3、老人保健法では75歳から。
それぞれ違う。

今この「高齢者」の定義に見直しがかかっている。
見直して「70歳」からが高齢者という考え方が出てきているようだ。
もしもこれが決まるようだと、また年金の支給年齢の引き上げが話題に
なるだろう。それからまた高齢者の様々なサービスにも関わってくるだろう。

この高齢者定義の見直しに関わる提案は、
「今の老人は若々しい」
「以前に比べて5〜10歳は若い」
と言った考えからきているそうだ。
そして「生涯現役」と言っている。

ただ、それは人それぞれじゃないか、とぼくは思う。
仕事で写真を撮っているけれど、機材は重いよ。
60歳を超えて今と同じような撮影スタイルでいるとは、
考えられない。

出来ることなら「国民年金」は一度廃止して、やり直すべきだと思う。
今、支払っている側のぼくからしたら、この支払額は重い。
にもかかわらず65歳からのもらう額は小さい。
だからさらに「国民年金基金」もなんて冗談じゃないしね。

もしも70歳から支給なんてことになったら、
それこそぼくは支給年齢の時にはくたばっていると思う。

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さて、トップに貼り付けた鳥居の写真は前回からのもので千葉県香取市で撮った。
ここは鳥居だけがあって神社が見当たらず不思議だったのだけれど、
検索したら一発解決。わかりました。
これはここから2kmほど先にある「香取神宮」の鳥居で、
利根川からの参拝客のための入り口だったのだそうだ。
それだけ以前は道路ではなく、川を小舟での移動が主流だったのだろう。

検索してみると「香取神宮」の歴史は古く、また茨城の鹿島神宮と鹿島神宮と一対の
関係にあるという。朝廷からの崇敬が深く、それは祭神のフツヌシ(経津主)が軍神
であったからだそうだ。
しかし、天照大神(アマテラス)や須佐能(スサノウ)ってのは聞くけれど、
フツヌシ(経津主)ってのは初めて聞いた。

まさかそんな由緒ある神社が(2kmほど先に)あるとは知らず、
せっかくならお参りしたかった。

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秘密基地について(その1)

結論から言ってしまえば秘密基地は誰にでも必要だ。
と、ぼくは思う。
ものを作っている人にとってはとくにそうだろう。
ちょっと何かに集中したい時、自分だけの場所があるのはとても有効だから。

死んでしまった野坂昭如さんの小説に「色事師」があって、
ぼくは随分前に読んだ。
この中では強い女性に追いやられた男性たちが登場する。
最初彼らはノイローゼ気味なのだけれど、カンパしあって部屋を借り、
そこを自分たちの基地としてバカバカしくも楽しい‘’時間‘’を取り戻す。
そんなお話だった。

そんな風に仲間もいれば最高だけれど、例え1人であったとしても、
自分だけの空間があるのは重宝に違い無い。

ぼくが最初に秘密基地に憧れたのは、ヒーロー物のテレビ番組で
確か「摩天楼」と言うのを見てからだった。
そのテレビドラマの中では子供探偵たちが地下に秘密基地を持っていて、
潜水艦ばりの潜望鏡で時々外の様子を伺うのだった。

そんな秘密基地に憧れて、小3の9歳くらいから小5の11歳くらいまで、
ぼくは幼馴染や同級生たちと基地作りに励んだのだった。

続きはまた。

2016年11月26日土曜日

2016/11/25 鳥取砂丘、ひとり旅(その5)



写真は以前、旅行で千葉県の銚子へ向かう途中に見つけた鳥居。
この写真は土手に上がる階段から見上げて撮っているので写っていないけれど、
この鳥居は川に面して建てられている。
不思議なのは土手を上がるとそこには川があるだけで、肝心の社が見当たらないことだ。
その名を「浜鳥居」と言い、やはり側に建てられている石灯籠は文化財に指定されている
そうだが、なぜお社がないのか、その説明は無い。
それでもこの風景はユニークなので、次回のブログでもここの写真を載せるつもり。

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ところで今、「国民年金のカット法案」がちょいちょい報道されている。
この法案が通った場合、一月あたり3300円の減額が見込まれるようだ。
ただでさえぼく個人としては少ない(月々6万、それも65歳になってから)
支給額がさらに目減りするわけだ。
これは、、どうなんだろう、、。
この制度を取りやめて一旦これまで支払った分の返金に応じて欲しいと
マジで思う。

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さて、鳥取砂丘、ひとり旅の続きです。
多分これで完結します。

雨上がりの夜、一人ぼくは霧に包まれた鳥取砂丘へ出かけた。
砂丘の小山を越えて海へ出た。
するとその夜の海に、小舟が停泊している。
その小舟から聞こえてきた声は、朝鮮語だった。
一人、小舟から下船してこちらへ向かってくるようだ。
怖い。
ぼくは元来た方へ引き返した。
そして、ラクダのこぶのような小山に上がり振り返る。
振り切ったのだろうか、それとも思い違いだったのか、
追ってはいない。
と、隣の小山の上に何かが動いた。

それは、犬だった。
それも、大きい。
多分(当然?)飼い犬ではない。
野犬だろうか。
それが小山の斜面を挟んで反対側の小山に立ち、牙を向いている。
、、正確には、、そこまでは見えていないけれど、、多分牙を向いている。
と言うのも、うなり声と共にぼくに向かって吠え立てたから。
そして次の瞬間には斜面を下りこちらの小山へ向かって来た。

さっきまでの人と今度の犬。
ぼくはとりあえず海でも犬のいる小山でもない方向へ向かって
出来る限り早く移動した。なにしろ砂丘は走りづらい、、それは犬も同じだろうか?

この時ばかりはカメラの三脚に感謝した。
もしもこのデカい犬と対峙することになってしまったら、
こいつで応戦できるから。

ただし、ぼくは柴犬を飼っていたけれど、そんな中型犬でも敏捷で
強い。それが大きな犬となると、どうだろう。追い払えるだろうか。
それから「マスターキートン」だ。
以前に読んだこの漫画では確か、犬は地上最強と書かれていた。
そんなことを思いながらぼくは必死で逃げた。

そして今晩何度目か、振り返るとその犬は後ろの小山から
こちらを見下ろしていた。
さっきより距離が開いているようだ。
少し速度を落としつつ、ぼくはとにかく道路の方へ向かった。

ようやく道路へ出る。
早く車の中へ逃げ込みたかった。

ただ今度は車が見つからない。
夢中で走ってきたのでた場所が違い、
やっと見つけた駐車場には車がない。別の駐車場なのだ。
暗くて、同じような景色で、方向感覚が定まらない。
と、そこへ一台の車が走ってきた。
よほどぼくはその車を呼び止めようか、と思った。
でも街灯で照らされたそのドライバーは女性で、
こちらを見てはいたようだけれど、車を止めることには躊躇いがあるように
ぼくは感じて見送った。

もう一つ駐車場を見つけて、そこに自分の車を見つけた。
中古のシビック。
とにかくすぐに車を出した。

とにかく誰かと話したくて、宿の駐車場に戻ると、
ぼくは大学の後輩で、鳥取出身の友達に電話して事の顛末を伝へた。
深夜の電話で最初彼は迷惑そうだったけれど、
ぼくの話を聞くと笑い出して、「夜、砂丘へ行っちゃあいけないんだ」
と一言アドバイスをくれた。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

翌日、早朝から、ぼくはまた砂丘へ行った。

眠かった。でも日中の砂丘は健全だ。

ホームズばりに地面を見ると、そこには犬の足跡がはっきり残っていた。
足跡も、やはり大きい。

それから海へ向かった。

ラクダの小山から海を望む。

、、やっぱりここに船があるのは奇妙だと思った。
船が近づく場所ではない、、と感じた。

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小舟が密漁船なのか、はたまた拉致に来たものなのか、今もわからない。

何故かずっとそれを考えなかったのだけれど、警察へ届けるべきだった
のかも知れない。

ただ、実際に自分が遭遇したことなのに、その瞬間でさへ恐怖心はあるのに
なんだかぼんやりとした印象で、実感が少し希薄だった。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

鳥取砂丘。

その日、寝不足と驚きのためにぼくは疲れ切っていた。

海へ背を向け、帰ることにした。

肝心の写真の方は、ほとんど収穫がなかった。

観光用のラクダが2頭いた。
見るとラクダを前にして、自分と同い年くらいの女が2人はしゃいでいる。
ラクダの隣に立ってお互い写真を撮り合い、そして何とか2人で一緒に撮れないか
と言ったところでぼくに気がついたのだった。
「写真撮ってください」
渡されたカメラでラクダを中心に2人を撮る。
と、ぼくのカメラを見つつ「すごいカメラだね」、「1人なの?」
と聞かれた。
2人とも、可愛かった。
ぼくは1人で、彼女もいなかった。
この鳥取の旅にしたって彼女とでも来たかったのだ。
ただ、ぼくはとても疲れていて、とても、眠かった。
だからまだ何か話しかけようとしていた2人に、
「そうだよ」と一言返事をして、歩き出した。

ただただ、眠かった。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

車の中で仮眠を取り、それから大阪への帰路に着いた。

車の中で2人のことを何度も思い出した。
その度に降り続いた雨も、小舟の男たちも、野犬も、最低だと思い、
何より自分自身と、卒業間近でうだつの上がらなかったこの4年間を
最低だと思った。

2016年10月20日木曜日

2016/10/20 鳥取砂丘、ひとり旅(その4)




写真は前回と同様、暇を持て余して作った合成写真。
場所は新宿。

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半年ほど前からInstagramを始めました。
マメに更新しているので、是非見に来てください。
user nameは@isida_sekidenです。

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ところで色々な色の中で何色が好きですか?
以前に聞いたところでは色の性格判断は男女で異なるとか。
思春期の頃には自分の有り余る力を抑制する(色の力で)ため、
黒を好む傾向があるとその時聞いたのだけれど、
確かにぼくはそうだった。

遡って小学生の頃、赤が好きだった。
赤はエネルギッシュで、目立つから。

今年、プロ野球では広島が活躍している。
そのカープの帽子をぼくは小学生の2〜3年生の頃好きで被っていた。
広島出身でも在住でもない子供が赤いカープ帽を被っていると目立つ。
ある日従兄弟と商店街の大道芸を見ていたら、その芸人から
「そこのカープ帽の子前に来て」と壇上に呼ばれて、ポーズを頼まれた。
それは、片足立ちで両腕を上に上げて、さらに大きく口を開くポーズだった。
そうして大道芸人はチョキチョキ折り紙を切り始めて、
切り終えて折り紙を開くと、そこには後ろ足で立ちあがる馬の絵柄が
出来上がっていたのだった。

そんなこともあって、この帽子なんだか目立つな、と思ってはいたのだけれど、
決定的だったのが同級生から「広島が好きなの?」と聞かれて、なんで?と
聞き返したら、「それ、野球帽だよ。知らなかったの?」と言われたことだった。
ぼくは単純に赤が好きだっただけで、その「C」がカープのロゴと知らなかったんだ。

それ以降、野球に興味のなかったぼくは、その帽子を被らなくなって
しまったのだけれど、カープ、今年の頂上決戦頑張れ。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

さて、お話変わって、「鳥取砂丘、ひとり旅」の続きを。

もう17年ほど前、雨上がりの霞みがかった夜、
ぼくは一人、鳥取砂丘を歩いて海へ出た。
乳白色の霞に覆われた砂丘から望むと、黒い夜の海にぼんやり小舟が見えた。
その小舟は波に揺れてか弱く思えた。
つかの間その小船の灯りを見て、写真を撮ろうか、と考えたのだけれど、
次の瞬間ふと何かが怖くなってぼくは海に背を向けた。
すると小さな船の上で3人ばかりの男たちが身振り手振りで
何かやり取りを始めた。その時、聞こえてきた言葉は、異国の言葉・・
朝鮮語・・だった。

増す増す怖くなり、元来た道を戻る。
砂丘の起伏は大きいが、雨で砂は濡れていて、乾いている時よりは
歩きやすい。

道を戻り始めてすぐに、自分の怖がりすぎかと思って海を振り返ると小舟から
一人が下船を始めていた。

漁船だったらこんなところで下船しないよな?
何かの調査だろうか?
色々と考えながら、とにかく逃げた。

まるでラクダのコブのような小山を登り、コブの上からもう一度振り返る。
振り切ったのだろうか、もともと思い違いだったのだろうか、人気はない。
と、ぼくの登った小山とは別の、向かい側の小山の上で何かが動いた。

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続きはまた次回。

2016年10月8日土曜日

2016/10/08 鳥取砂丘、ひとり旅(その3)



前回のブログから間が空いてしまった。
本当なら少なくとも週一で更新したいのだけれど、、。
その分?インスタグラムは1日1回は更新しているので、
ぜひお寄りください。ユーザーネームは@isida_sekidenです。

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写真は前回と同様、以前に暇を持て余していて作った合成写真。
合成・・お分かりだろうか・・? 家電が

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家電が壊れて困る、とここに書いてきたけれど、また壊れた。
今年はこれまでに、炊飯器・扇風機・電気ポットが壊れたのだが、
9月末に仕事で使っている露出計が壊れた。
この露出計はぼくが18歳の時に買ったものなので、かれこれ20年経っている。
ただし、実際に使い始めたのは30歳になってからだったから、実質8年ほど。

これは学校の授業で必要になって買ったものだった。

学校は大阪・・というより奈良に差し掛かった山中にあり・・で、
心斎橋にある「カメラのナニワ」で買った。
同じ学生アパートの友人と2人で買いに行ったのだけれど、
店員に金額を確認して、いざ購入となったところで彼がふと黙り込み、
??ぼくが不思議に思っていたら、空気を読んだ店員がマケてくれたのだった。
その時、彼の大人なやり口に正直ぼくは嫉妬した。

そうして買った露出計だけれど、授業での使用はたったの2回くらいで、

ぼくにはその利用価値がわからず(だってカメラにはカメラ自身に
内部露出計があるのだ)以降ずっと使わずにいた。
その露出計が日の目を見たのはぼくが写真スタジオを独立してからのことで、
それが30歳の事だから実に12年越しの事だった。

この様に前から持っていたもので現役のものが結構あって、中でも多分一番長いのが

ズームレンズ。これは高校一年の15歳の頃に買ったものだから、ぼくがまだ、、
夜の校舎窓ガラス、、実に24年もので、、いつ壊れてしまうかが心配な一品。

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さて、「鳥取砂丘、ひとり旅」、

前回は雨上がりの夜、砂丘へ行ったところまで書いた。
なのでその続きを。

その晩中古のシビックで一人砂丘へ向かった。

道路は濡れているけれど、雨は止んでいる。
ただし、霞みがかっている。
安宿から、砂丘までは20分弱。
道路に面した観光客用の駐車場に車を止める。
他に車は無い。
車から降りると、抱えてきたカメラと三脚を持って砂丘へ向かって歩き出した。
砂丘は、一面薄い霧に包まれているが、視界はそれほど悪く無い。
鳥取砂丘は海に面している。
海へ向かって夜の砂丘を歩く。
誰もいない。
広い。
濡れた砂は、乾いた砂とは踏み心地が違う。
しばらく歩いて、心の内に写真撮影は放棄した。
ただせっかく鳥取まで来て、肝心のこの砂丘へ来れなかった不満を
今歩くことで解消したかった。
ひたすら歩く。
砂の丘を一つ越えて、さらに一つ越える。
遠くから波の音が聞こえて来る。
海が近くなる。
さらにもう一つ、砂の丘を越えた時に海が現れた。と、
その霧の中に広がる黒い海にぼんやり小さな明かりが揺れている。
船の明かりだ。
当初、ぼくは漁をしているのだろう、と思った。
この霧に包まれた広い砂丘と広い海の中で、
その船はやたらと小さくて、か弱く思えた。

ただそんな風に、か弱く感じたのはものの15秒くらいだろう。

次の瞬間、ぼくは怖くなった。
異常を感じたからだ。
何か、変だ。
(ぼくは漁のことを知らないけれど)
こんな晩に漁船が単独で漁に出るものだろうか?
そもそもこの辺りで漁はするものなのか?
とその時、船から声が聞こえた。
それは異国の言葉だった。

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続きはまた。

2016年9月5日月曜日

2016/09/05 鳥取砂丘、ひとり旅(その2)




写真はデジタル加工して作ったもの。
暇を持て余し、PCに向かっていて作った。
日の目を見ることの無いであろう写真、せめてここに載せることにした。
他にもう3〜4カット同じコンセプトで生まれた写真がある。

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前回、プリンターと炊飯器を買い替えた、とここに書いた。
家電の出費がかさむな、と思っていた矢先に今度は扇風機が壊れた。
プリンターは寿命では無くて、インクの販売を終えたことでの買い替え。
炊飯器は2年使用で壊れた。タイマーをセットしていたにもかかわらず、
翌朝米が炊けていなくて、その後数回試したのだけれど、エラーメッセージが出て
焚き上げが途中で止まってしまうのだ。それで、買い替え。
扇風機はと言うとこれは夏場のみの使用で今年で4年目だったが、
首の付け根が折れてうな垂れたようになってしまった。
これまた買い替えることになったのだけれど、その候補選びに若干悩んだのは、
以前から「羽根のない扇風機」が気になっていたから。
ただしそのお値段が2万〜5万もするのであっけなく候補から外れる。
それでも主に寝室で使うので音の静かなものが欲しくて、考えた末に
HITACHIの物にした。これは「微風」があるのと「左右首振り」の角度を
調整できるのが良い。見た目は普通。お値段5千円くらい。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

さて前回からの続きで「鳥取ひとり旅」の話です。

初めての鳥取は大学の仲間2人とぼくを合わせての3人での旅行で、
これはその一人の卒業制作に付き添ってのものだった。
「植田正治美術館」で作品鑑賞をしてから「鳥取大学」で学食を食べて、
いよいよ憧れの砂丘へ。それは砂と空のみで出来た異世界だ。
思わぬ規模の起伏があり、それをよじ登ると今度は目の前に静かな海が広がる。
まるで舞台装置のようだが、よく見ればところどころに草?が生えていたり、
地下調査の小規模な機械が設置されていて、それがこの風景の完璧さにわずかながら
水を差していた。

この旅行での思い出をまとめると、美術館で生前の植田正治さんに遭遇できたこと、
鳥取大学がぼくの母校と比べて、いかにも賢そうで(これはなんだろう、、
校内の雰囲気から感じた)しかも居心地が良さそうなのに驚いたのと、
宿泊した安宿が値段相応にボロかったこと、そして何より砂丘が印象深かったことに
終始する。

問題は?この3人旅行(女子のようだが、男3人でしかも内1人は、学生家業よりも
トラック・ドライバー家業に精を出して、出し過ぎたがために単位取得が追いつかず
5年間大学にいた、男臭いやつ)の後に、ぼく1人での「鳥取ひとり旅」で起きた。

それは初めてのひとり旅だった。

暇を持て余しまくった大学生だったので、急に思い立って鳥取に向かった。
自動車で大阪から鳥取へ。生憎の天気だったが、雨は降っていなかった。
移動中の記憶はあまりない。
ただ一つ、濃霧には驚いた。
速度を落とし、ハザードを焚いて四方を見渡したのだけれど見事に全て真っ白だった。

鳥取に着くと雨が降り出した。
砂丘の写真を撮ること以外は頭になかったので、これには困った。
例の安宿に泊まることにして、とにかく雨が止むまで待った。
1日つぶれ、2日目も昼間は雨。
ぼくは宿の狭い部屋の中で、畳に座ってぼんやり過ごした。
2日目、夜になって雨が止んだ。
夜の砂丘がどんな風景なのか、ぼくは知らない。
ただとにかく、テレビも(当時はスマホも)ラジオも無い狭い部屋に閉じこもり、
しびれを切らしていたので、車にカメラと三脚を乗せて向かったのだった。

雨上がりの砂丘は薄い霧に覆われていた。

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続きは、また。

2016年8月16日火曜日

2016/08/16 鳥取砂丘、ひとり旅(その1)




写真は2012年の8月に幼馴染と尋ねた奥多摩での写真。
中国の墨絵の世界を見るようで驚いた。
奥多摩は東京都だ。
この日は日原の鍾乳洞へ行ったのだけれど、鍾乳洞の中は寒くて、
夏場の外との気温差にも驚かされた。(幼馴染のかけていた眼鏡は曇った)

今年2016年の夏といえば実家への日帰り帰省くらいのものか。
それから買い物、、。
それも趣味のものではなくて、PC用のプリンターと炊飯器の買い替え。
最初に買ったのがプリンター。これはこれまでに使っていたものが、交換インクの
販売を止めてしまったので、買い換えることになった。
以前のはヒューレット・パッカードのB9180ってタイプのもので、
インクは1色あたり4000円!!これが8色だから全色買うと32000円!!
ただし、減りやすいインクは決まっているし、インクの容量がとても多いので、
ぼくの使い方では交換は年に1回〜2回だった。
とても自然な発色で印刷できて、しかも色の調整をプリンターが勝手にしてくれて、
さらにはインクの目詰まりが一度もなかった。
お気に入りのものだったから、残念。

初めて買ったプリンターはエプソン。
2台目がこのヒューレット・パッカード。
で、今回の買い替えで3台目はブラザーにした。

インクはこれまでの8色から半分の4色へダウン。
しかも黒インクは文字の印刷用で、写真などの印刷は赤黄青の三色を混合して
色を作るそうだ。そのためだろう、試し刷りした数枚の写真は暗部の締まりが
弱くて、全体にボワっとした印象だ。

本体自体の価格は1万円弱で、これまでのエプソンやヒューレット・パッカードと
比べて格段に安くて、(両方とも5万前後だったはず)インク代もお安いそうだ。
これで問題なく長く使えればいいのだけれど。

プリンターが故障ではなく、インク生産中止で買い替えになったところへ
炊飯器の故障が重なった。

プリンターは、、8年は使っていたのだけれど、、炊飯器はたったの2年。
短いな。がっかり。
修理に出したところで、自動車のように代車ってわけにもいかないし、
結局買い替えた。
これはハイアールってメイカーのもので、デザインは良い。
価格も安い。まだ一度しか炊いていないけれど、ちょっと気になるのが
タイマーで、炊き上がり予定の時間より大分早く上がった、、気がする点。
もう一度試して、ちょっと調べてみて、ダメなら問い合わせてみようと思う。さて、

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

さて、
16年くらい前に鳥取砂丘を旅した時の思い出を書きたい。

写真絡みで鳥取砂丘といえば植田正治だろう。
16年前の大学生の頃に2回、鳥取砂丘へ行ったのだけれど、
1回目は同じ学部の友人の卒業作品作りへ同行してだった。
その時ぼくらがまず訪れたのがこの「植田正治美術館」だった。

植田正治はこの鳥取砂丘を舞台に様々な写真作品を残している。
それは奥さんや子供をモデルにしたものから、花火を打ち上げたもの、
スーツ姿の男を点在させたものなど多数あるが、これらシュールな作品は
海外でも人気がある。ぼくらが館内の作品を見て歩いていたら、
その本人が美術館にいて、ファンに求められてサインなどをしていた。
どんな方がこんな作品を作られたのだろう、とその姿を目にした。
その時のぼくの印象は、小柄で年配の方、と言った失礼ながら
ぱっとしないものだった。

それが美術館の後半の展示を見ていて驚いたのは、
それらの作品がデジタル写真で(2000年当時はまだフィルムが主流)、
インジェットプリターでプリントされたものだったからだ。
それは「雲」をとらえたもので、空の淡い青色と、雲の織りなす白から灰色、
黒までの濃淡が美しい作品たちだった。
これらプリンター出力の「雲」の写真から、当時22歳のぼくが言うのも
可笑しいけれどとても若々しい感性を感じたのだった。

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

続きはまた。